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福島地方裁判所 昭和31年(行)5号 判決 1959年10月05日

原告 河戸嘉蔵

被告 信夫村大森地区土地改良区・福島県知事

主文

原告の被告福島県知事に対する被告信夫村大森地区土地改良区の区画整理事業施行に関する認可処分取消の訴を却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告信夫村大森地区土地改良区(以下被告改良区という)の設立は無効であることを確認する。被告福島県知事(以下被告知事という)が昭和三一年二月一〇日附でなした信夫村大森地区土地改良区の申請にかかる区画整理の施行を認可する旨の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、被告改良区は昭和二八年七月六日被告知事の設立認可を受けたものであつて、その地区内に農地を所有する原告は被告改良区の組合員たる資格を有するものであるが、被告改良区の設立手続には次のような違法がある。すなわち、被告改良区はその設立にあたり総会を開催して総代を選任し、その総代会において土地改良事業計画および定款を定めた上、理事・監事等の役員を指名し、これらの役員が設立認可を申請した結果、設立認可を受けるに至つたのであるが、被告改良区の組合員数は二〇二名であつて、土地改良法第二三条所定の三〇〇名に達しないのであるから総会に代るべき総代会を設けることは許されないし、土地改良区の役員は公職選挙法所定の手続に従い、組合員全員を選挙人とした選挙人団によつて選挙さるべきものであるから、前示総代会において選任された被告改良区の役員は役員としての資格を缺くものである。従つてこれ等の役員によつてなされた被告改良区の設立自体は無効であるというべきであるから、被告改良区の設立が無効であることの確認を求める。

二、被告知事は被告改良区の申請に基き昭和三一年二月一〇日附を以て被告改良区の新規土地改良事業としての区画整理を施行することを認可する旨の処分(以下施行認可という)をした。しかし原告は被告知事が本件施行認可をするにさきだち、被告改良区の施行認可申請を適当とする旨を決定し、これを公告するとともに事業計画書の写を従覧に供したことに対し土地改良法第四八条第三項によつて準用される同法第九第一項第八条第四項の規定に基き(一)本件土地改良事業施行地域内における耕地整理は農家経済の実体を無視したものであること、(二)事業の施行は莫大な費用を要するのに、それによつて得られる農地の効用増加は殆んど期待できない関係上、経費の負担に堪えかねて耕地を手離さなければならない農民が続出することは火を視るよりも明らかであること、(三)この事業は増産という美名の下にかくれた暴拳であつて、村政の失態を農民に転嫁してその政治的生命を維持しようとする悪徳者の行為であること等を理由として法定の異議申立期間内である昭和三〇年一二月一五日異議の申立をしたところ、被告知事は昭和三一年二月九日原告の異議を棄却する旨の決定をなし、その決定書は同年三月五日原告に交付されたものである。しかし被告土地改良区は右棄却決定以前からすでに事業の執行に着手しており、被告知事はこれを黙認していたのであるから、本件施行認可は形式上は昭和三一年二月一〇日附でなされているけれども、実質的には原告の申し立てた異議に対する決定以前になされたものである。しからば被告知事の施行認可は土地改良法第四八条第三項によつて準用される同法第一〇条第一項に違反することはいうまでもないから、原告は被告知事に対して本件施行認可の取消を求めるものである。なお原告は前示被告知事の棄却決定につき法定の訴願期間内である同年五月四日農林大臣に対し訴願の申立をしたところ農林大臣は附願提起期間経過後になされたものと誤認して同年七月三一日原告の訴願を不適法として却下したのであるから、原告が本訴を提起するにつき訴願の裁決を経なかつたことについては正当な事由がある。

と述べた。

(証拠省略)

被告改良区訴訟代理人および被告知事指定代理人等は、

一、被告改良区の設立無効確認請求部分につき本案前の抗弁として原告は被告知事が被告改良区の設立に関し土地改良法第八条第四項の規定に基く申請を適当とする旨決定し、その旨昭和二八年五月二七日附福島県報に公告すると共に同日より二〇日間当時の所轄大森村役場で土地改良事業計画書および定款の写を縦覧に供した当時、何等の異議も申立てなかつたのであるから、本訴は、訴願前置の要件を欠く不適法なものである。と述べ、

二、本案につき請求棄却の判決を求め、答弁として、

(一)  被告改良区が昭和二八年七月六日被告知事の設立認可を受けたこと、原告が被告改良区の組合員たる資格を有することは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。

(二)  被告改良区の設立手続は訴外熊坂俊吉外一七名が発起人となつてなされたものであり、当時定められた土地改良事業計画および定款は右熊坂等一八名が被告改良区の組合員となるべき者の三分の二以上の同意を得てその概要をあらかじめ決定したものであつて、これについては被告知事の予備審査を経たところの選任方法に基き、一〇人の作成委員を選任し、これらの作成委員をして作成せしめたものであるから、原告主張のように総会ないし総代会の議決に基いて作成したものではない。また被告知事に対する設立認可申請は、発起人たる前記熊坂外一七名が個人の資格でなしたものであつて被告改良区の役員たる資格に基いてしたのではない。

(三)  被告改良区の組合員数は設立認可当時四三六名であつたが、当時施行されていた昭和二八年法律第一八三号による改正前の土地改良法第二三条第一項によると、組合員が五〇〇名を超える土地改良区でなければ総会に代るべき総代会を設けることができなかつた関係上、被告改良区は設立当時の定款に総代会を設ける旨の規定をしなかつたのである。ところが前示土地改良法の改正により組合員数三〇〇名を超える土地改良区は総代会を設けることができることになつたので、被告改良区は昭和二九年四月二三日開催された通常総会の議決を経て定款中に総会に代るべき総代会を設ける旨の規定をおくことを定め、右定款変更については同年六月二九日被告知事の認可を受けたのである。

(四)  土地改良区の理事および監事は定款の定めるところにより総会もしくは総代会で選挙するものであつて、公職選挙法所定の手続による必要はない。而して被告改良区の役員は、前記定款変更前は総会の選挙により、定款変更後は総代会の選挙により選任されているものである。

と述べ、

三、更に被告知事指定代理人等は施行認可の取消請求につき、

(一)  本案前の抗弁として、原告は被告知事のなした施行認可につき農林大臣に対する訴願の裁決を経ていないから、本訴は不適法として却下せらるべきである。もつとも原告が被告改良区の前示施行認可申請を適当とする旨の決定に対し異議の申立をしたところ、昭和三一年二月九日右異議を棄却する旨の決定があつたので、同年五月四日農林大臣に訴願したが、同年七月三一日訴願提起期間経過後に提出された不適法なものとして却下されたことは争わないけれども、原告が被告知事から前記異議申立に対する棄却決定書の交付を受けたのは同年二月一〇日であるから、前示訴願の申立は法定の六〇日を経過した後になされた不適法なものであつて、農林大臣においてこれを却下したのは何等誤認に基くものではない。

(二)  本案につき請求棄却の判決を求め、答弁として、原告が被告知事のなした被告改良区の施行認可申請を適当とする旨の決定に対し、昭和三〇年一二月一五日異議の申立をしたところ、被告知事が昭和三一年二月九日異議を理由なしとして棄却する旨の決定をしたこと、被告知事が被告改良区の申請に基き昭和三一年二月一〇日附を以て被告改良区の新規土地改良事業として、原告が所有耕作している農地を含む区画整理を施行することを認可したこと、右区画整理の事業計画は被告改良区の総代会の議決を経て設定されたものであつて総会の議決を経たものでないことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、まず被告らの被告改良区の設立無効確認請求に関する本案前の抗弁について判断する。

被告改良区の設立が無効であることの確認を求める原告の請求は、被告知事のなした設立認可が当然無効であることの前提のもとに被告改良区の設立も無効であることの確認を求めるものであるから、これについては行政事件訴訟特例法第二条の適用があるものではない。従つて原告が本訴を提起するにつき被告知事のなした前記設立認可あるいは前記土地改良法第八条第四項の規定に基く決定に対し異議・訴願等を経由する必要はないものというべきであるから、この点に関する被告らの抗弁は採用の限りではない。

二、進んで被告改良区の設立が無効であることの確認請求の当否について審究する。

被告改良区が昭和二八年七月六日被告知事から設立認可を受けたこと、原告がその組合員たる資格を有する農地の所有者であることは当事者間に争がない。原告は、被告改良区設立当時の土地改良事業計画および定款は適法に成立しない総代会なるものの議決を経て定められたものであり、従つて被告知事に対する設立認可の申請も違法に選任された役員によつてなされたものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠なく、却つて証人高野信雄の証言と同証言によつて成立を認める乙第一、二、五、八号証、成立に争のない甲第六号証に弁論の全趣旨を総合すれば、被告改良区は土地改良法第三条に規定する資格を有する訴外態坂俊吉外一七名が発起人となつて昭和二七年二月頃からその設立準備に着手し爾来所定の設立手続が進めた上、昭和二八年二月八日附申請書に基き被告知事にこれが設立認可を申請して前記のように設立認可を受けてその設立をみたものであること、設立手続の過程において定められた土地改良事業計画および定款は、前示態坂外一七名が将来被告改良区の組合員となるべき者四三六名中の三分の二以上に相当する三一六名の同意を得てあらかじめその概要を決定したものであつて、これについては被告知事の予備審査を経た選任方法に基き、一〇名の作成委員を選任し、これら作成委員をして作成せしめたものであるし、この定款第四九条によると設立当時の理事・監事等は定款の規定にかゝわらず土地改良法第一八条に基き申請人の選任するところによる旨定められていること、被告知事に対する設立認可申請は前記熊坂等一八名が昭和二八年二月八日附連名の申請書をもつてしたものであること、従つて原告の主張するように被告改良区の成立前に総会や総代会を開いた事実はないのであるから、総会や総代会で定款や事業計画を定めたり、理事・監事等の役員を定めたという事実はないこと等が認められるし、設立当時における土地改良区の役員は公職選挙法所定の手続に従い選挙さるべきものでないことは土地改良法第一八条第三項の規定に照し明らかであるから、被告改良区の設立前において総会ないし、総代会の議決や役員の選任があつたことを前提として被告改良区の設立無効確認を求める原告の請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却すべきである。

三、次に被告知事に対する施行認可の取消請求につき考察する。

(一)  先ず本訴の適否について案ずるに、都道府県知事がした土地改良法第四八条の認可に関する処分については、訴願を許容した規定は見当らないが、かかる処分は訴願法第一条第四号にいう「水利および土木に関する事件」に該当するものと解すべきであるから、これが取消又は変更を求める訴を提起する場合は上級行政庁である農林大臣に訴願し、その裁決を経ることを必要とするものといわねばならないところ、本件においては被告知事のなした施行認可につき訴願しなかつたことは原告の明らかに争わないところである。もつとも、原告が被告知事に対し、被告知事が本件施行認可をなすにさきだつてした被告改良区の施行認可申請を適当とする旨の決定に対する異議の申立をなし、昭和三一年二月九日これを棄却する旨の決定を受けたので同年五月四日農林大臣に訴願の申立をしたことは被告知事において争わないけれども、施行認可申請を適当とする旨の決定と施行の認可とはそれぞれ別個の行政処分であるから、前者に対して異議・訴願等の手続を経由したからといつて、ただちに後者に対するこれらの手続を経由したものと同視することはできない(従つて本件では施行認可の取消の訴につき出訴期間の遵守の有無が問題となるがこの点はしばらく措く)。

しかしながら、施行認可申請を適当とする旨の決定と施行認可とは単に先行処分と後行処分の関係にあるというだけではなく、その適否の審査にあたり考慮すべき事項は殆んど共通しているのであるから、施行認可の申請を適当とする旨の決定に対し異議や訴願の手続を経たが認容されるに至らなかつた場合には、施行認可に対して訴願しても不服の理由が同一であるかぎり認容されないことは容易に予測されるところであり、かかる情況の下において訴願の申立を要求することは無益な手続を重ね、徒らに救済の遅延を来すこととなるから、かような場合には施行認可に対する訴願を省略して取消訴訟を提起するにつき行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる正当な事由があるときにあたるものと解するのが相当である。ただしかし、以上の見解に従うとしても、施行認可に対する訴願をしないで出訴するにつき正当な事由があると認められるためには、施行認可の申請を適当とする旨の決定に対し異議や訴願の申立をしたというだけでは足りず、当該異議ないし訴願につき全部又は一部が理由ない旨の実体的な裁決を受けたことを絶対的な要件とするのであつて、当該訴願が不適法として却下された場合には、訴願庁が本来却下すべからざるものを誤つて却下したものであると否とを問わず、施行認可に対する訴願を省略して施行認可の取消訴訟が提起することは許されないものというべきである。けだし、かかる場合には、あらためて施行認可に対する訴願の審理において、認容される見込みがないと断定することはできないのみならず、むしろ施行認可に対して訴願することは前と同一の不服の理由につき訴願庁の実体的な審理判断を受ける機会に恵まれる点において、決して無益な手続であるというをえないからである。

本件についてこれをみるに、原告の農林大臣に対する前記訴願は昭和三一年七月三一日、訴願提起期間を徒過した不適法なものとして却下されたことは当事者間に争がなく、この点につき原告は被告知事から異議棄却決定書の交付を受けたのは同年三月五日であるから、前記訴願の申立は訴願提起期間内になされた適法なものであつて、農林大臣がこれを却下したのは違法であると主張するが(証人水野嘉美の証言によると右は同年二月一〇日訴外水野嘉美から原告に直接手交したものであることが認められるのであつて、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難い)農林大臣の却下処分が違法であると否とを問わず、原告において右訴願につき実体的な裁決を受けなかつたことにかわりはないのであるから、原告が本件施行認可に対して訴願することなく、ただちにこれが取消訴訟を提起したことについては、さきに説示した理由により、正当な事由があると認めることはできない。

してみれば、原告の被告知事に対する区画整理施行の認可処分取消請求は出訴の要件を具備しない不適法な訴に帰することが明らかである。

(二)  しからば被告知事の施行認可には無効原因が存在しないかどうかについて次に考えて見る。被告知事が被告改良区の申請に基き、昭和三一年二月一〇日附で被告改良区において新規土地改良事業としての区画整理を施行することを認可したこと、及び被告改良区の前記区画整理事業計画は総代会の議決を経て決定されたものであつて、総会の議決によるものでないことは当事者間に争がないところ、原告は被告改良区の組合員数は二〇二名に過ぎないから総会に代るべき総代会を設けることができない本件では総代会の前記議決は違法であると主張する。しかし前顕甲第六号証、成立に争のない甲第九、一一、一二号証、証人高野信雄の証言と同証言によつて成立を認め得る乙第九号証の一ないし三、第一〇、一一号証の各一、二、第一二号証の一ないし四を総合すると、被告改良区は、その設立当時における定款では総会を議決機関としていたが、昭和二九年四月二三日開催された通常総会において第八条を改正して総会に代るべき総代会を設ける旨の規定をおくことを決定し、この定款変更については同年六月二九日被告知事の認可を受けたこと、同年八月五日改正定款に基く総代選挙を行つた結果当選した四〇名で総代会を構成したものであること、本件新規土地改良事業についてはあらかじめ施行地域内の組合員二〇二名のうち一七〇名の同意を得た上昭和三〇年一〇月二〇日開催された臨時総代会において事業計画を設定し、同月二一日被告知事にこれが施行認可を申請したものであること、被告改良区の組合員数は昭和二八年七月の設立当時は四三六名であつたが、前示総代会を置くことに定款を変更した昭和二九年四月二三日当時は五一二名であつて、その間三〇〇名を下ることはなかつたこと、従つて原告が主張する二〇二名というのは本件新規土地改良事業の施行地域、即ち蒙利区域内の組合員数であることが各認められるのみならず、右定款変更は昭和二八年法律第一八三号による土地改良法の改正(同年一一月五日施行)以後であるから、被告改良区が定款の定めるところにより総会に代るべき総代会を設け、総代会によつて本件新規土地改良事業計画を認定したことは何等の違法もないものというべきである。

また、原告は土地改良区の役員は組合員全員を選挙人として公職選挙法所定の手続により選挙すべきものであるにかかわらず、被告改良区の役員は総代会の指名によつて選任されたものであるから、適法な役員としての資格を欠くと主張するので案ずるに、成立に争のない甲第四、七、八号証によれば被告改良区が本件新規土地改良事業計画を設定しこれが施行認可を被告知事に申請した当時における役員は、前記総代選挙直後の昭和二九年八月一四日に開催された昭和二九年第一回臨時総代会において定款の定めるところより出席総代の無記名投票により選挙されたものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。しかして昭和二八年法律第一八三号による改正後の土地改良法第一八条第三項によれば土地改良区の役員は定款の定めるところにより総会で選挙すべきものとされているが、総代会を置く場合は同法第二三条第九項によつて総会に関する規定が総代会に準用されるのであるから、総会に代るべき総代会が適法に設けられている本件の場合には、役員は総代会で選挙すべきものであつて、組合員全員を選挙人として選挙を行う必要はないし、その選挙手続も同法第一八条第五項の定める無記名投票によるほかはすべて定款の定めるところによるものというべく、原告の主張するように公職選挙法所定の手続に従う必要はないものと解すべきである。従つて被告改良区の役員の選任方法についても原告主張のような違法は認められない。そうであるとすれば被告知事の施行認可は有効に成立したものといわなければならない。

四、以上の次第であるから、原告の被告知事に対する被告改良区に関する施行認可の取消を求める請求は不適法として却下し、その余の請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 滝川叡一 近藤浩武)

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